院長ブログ

四つ葉のクローバー
宇都宮市竹林、よつばハートクリニック院長のブログ

裸の王様

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    『裸の王様』は言わずと知れたアンデルセンの童話だ。それより500年も前のスペインの寓話を彼が翻案したものだと云う。主題は何か。人間心理の弱点を巧みについた詐欺師の狡猾さか、それとも純真な子供の感性か。この物語の重要な鍵を握るのは大臣たちだと思うのは私だけだろうか。偏った考えの元首による政権が長期に続くと、周囲は迎合する人たちで固まっていく▼渦中の東京高検検事長が辞任した。最早この国は形を成していない。政権が法律の解釈を勝手にねじ曲げて定年を延長し、検事総長にしようとしたことで耳目を集めており、折しも国中がコロナウイルスの恐怖に戦いている最中、法律を厳格に守らなければならない立場であるにも拘らずあろう事か賭け麻雀に興じていた。恐らく依存症なのであろう。やめられないのである。発覚した以外にもやっていたのではないか▼アルコールにしろニコチンにしろ、健康に重大な懸念があることを知りつつ続けるのを依存症という。身の破滅が差し迫っているのにやめられない。そういう意味ではギャンブルもそうだ。営業自粛要請を無視して店を開けたパチンコ店に他県から客が殺到したという。そういう人たちにウイルスが危険だからやめたほうがいいですよと言っても説得は難しい▼政権はこんな人物を「管内で遂行している重大かつ複雑・困難事件の捜査、公判に対応するため」無理矢理定年を延長し、更にはそれに併せて法律を改正しようとしていたのだ。処分は「訓告」だそうである。首相は法務省がそれで持ってきたから尊重したと言ったが嘘である。法務省はそれより重い「戒告」を打診したが、官邸の意向で下げられたと言うことが発覚した。自衛隊法の勝手な解釈に始まり辺野古基地問題、森友学園、加計学園、桜を見る会・・・、一体どこまで詭弁を弄するのか。事ある毎に全ての責任は私にあると言うが具体性が全くない▼コロナウイルスが危険だと判ってから今日までの期間、一体何をしていたのか。検査を含む医療体制が画期的に拡充されたわけではなく、何も変わってない、何の準備も進めないまま緊急事態宣言をただ解除しただけに見える。この状態で第2波を被るとかなり危険である。経済対策も泥縄だ。たまたま感染拡大の速度が他国に比べて緩やかだったので助かっているだけに見える。王様は裸だ。アンデルセンの話と違うのは本人が裸だと知っててやっているところだ。しかもペテン師と一人二役だ。相当にタチが悪い。


    不要不急の用

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      子どもの頃からクラシック音楽を聴くのが趣味だ。少し高じて大学時代はオーケストラに所属し、オーボエと言う楽器を吹いていた。医師になってもう楽器はやらなくなったが、相変わらず聴くのは好きで、録音を聴くというよりはよく演奏会に出掛けていた。どの作曲家のどの曲が好きと言うのもあるが、演奏家による解釈の違いや出来映えの差と言うものに注目して聴いてきた。生身の人間が演奏するのだから酷い演奏に出くわすこともある。しかし出来の良い演奏を聴いたときの感動は何物にも代え難い▼この4月13日、午後の診療を休みにして家族と東京の演奏会に出かける予定だった。テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナの演奏で、ベートーヴェンの交響曲第9番の筈だった。1月に発売された時は人気でチケットを取るのが大変で、少し席がばらけてしまったがようやく家族6人の分を確保したのだった。その時はまさか演奏会が中止になるなんて思ってもみなかった▼クルレンツィスと言うロシアで教育を受けたギリシャ人の指揮者を知ったのは2年と少し前のことである。You Tubeで聴いて気になって昨年2月の来日公演を聴きに行った。全てチャイコフスキーのプログラムだった。その演奏を言葉にするのは難しいが、出だしから唯々凄くて、後半には聴く体力が残っていないほどだった。ムジカエテルナというのは元はこの指揮者が創った私設のオーケストラだったらしいが、変遷を遂げて今はウラル山脈の麓のペルミと言う都市の歌劇場の管弦楽団に納まっている。そのスタイルは少し変わっていて、まずチェロ以外の全員が立って演奏する。そしてそれぞれの曲はその時代の楽器を使用して(古楽器も現代楽器も両方使う)、その時代の奏法で演奏するというものである▼労働者の権利が厳格に守られるようになった昨今、欧米のメジャーなオーケストラと言えど定時で練習が終わるのが当たり前で、多少出来が悪くてもそれ以上追及しないということになる。しかしこのオーケストラは練習やレコーディングを夜中までやるらしい。今回行われる筈だったツアーに合わせてベートーヴェンの交響曲第5番の録音が発売になったのを聴いた。これまで最も演奏機会やレコーディングが多かったであろうこの曲には、数多の歴史上の名盤が知られるが、異次元の演奏だ。こういったものがロシアの大都市でなく、一地方から出てきたことに価値があると考えるのは私だけだろうか▼コロナウイルスの感染拡大で世界中が大変なことになっている。ロシアも例外ではない。いつまでこの状態が続くのだろうか。日本の感染者数や死亡者数は現時点では恐らくそこまでではないが、元々医療従事者のハードワークで成り立っていたこの国の医療は、予備能が無いので大変である。いつどうやって元の世の中に戻すかに耳目の集まるところであるが、大事なのは復旧ではなくて刷新だと思いたい。医療・経済・政治全てに問題が浮き彫りになっている。我々がこのウイルスを気にしなくて済むようになる時、どんな世の中になっているのか、またするべきか▼テレビでは不要不急の外出を避けるようにと連日言っている。音楽は不要不急と言えばそうだ。しかし不要不急の物を全部避けていると、そもそも自分自身が不用なのではないかと言う厭な気分になって来る。次に演奏会に行けるのはいつの日になることだろう。ストレスが溜まる。


      山中先生による発信

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        京都大学の山中先生の『山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信』というサイトから不許可転載。

         

        「桜は来年も帰ってきます。人の命は帰ってきません」 研究所員へ送った所長メッセージ(一部抜粋)。

        所長便り 2020326

         

        「桜は来年も帰ってきます。人の命は帰ってきません」

         

        例年より早く桜の開花が進んでいます。いよいよ春ですね。

         

        皆さんにお願いがあります。今年のお花見は、人混みは避け、近くで咲いている桜の周りを散歩するだけにしてください。

         

        多くの人が集まり、座り込んで宴会するのは、たとえ屋外であっても飛沫感染や接触感染のリスクが高まります。自粛要請があるとは言え、この週末は全国から多くの人が京都に来られるかもしれません。新型コロナウイルスはすぐそこにいるかもしれません。感染すると、自分は症状が出なくても、周囲に広がって、リスクの高い方には生命の脅威となります。

         

        新型コロナウイルスはすぐそこにいるかもしれないと自覚することが大切です。桜は来年も必ず帰ってきます。もし人の命が奪われたら、二度と帰ってきません。

         

        11人が油断せず、万全の対策を取って頂きますよう、お願いいたします。

         

         山中 伸弥

         

        その通りだと思う。

         

        夜のニュースに『総理大臣』が映っていた。何か喋っていた。大きなホールに閣僚や官僚や報道陣を大勢集めて。集まっちゃいけないんだってば。その中に感染者が絶対一人はいるって。

         

        今さら言っても仕方がないが。

        武漢からの帰国者による感染拡大も、クルーズ船からの国内侵入も食い止めた。学校も閉めた。思えば攻防は春分の日からの連休にあった。ヨーロッパに観光に行っていた人をそのまま国内に入れてしまった。格闘技もやってしまった。女の園のミュージカルもやってしまった。閉めていた遊園地も開けてしまった。一家でジェットコースターに乗ったという人がいた。掴まるところだって安全器具だって一々消毒したわけでもないだろう。先頭の人が感染者で、「キャー」と言ったら後ろの人はどうなるのだろう。

         

        いけない。暗くなってしまった。振り返っても仕方がない。前を向くだけだ。山中先生を見習おう。


        100日後に死ぬワニ

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          『100日後に死ぬワニ』という漫画が話題になったと聞いた。昨年12月12日にSNS上で1日毎4コマの連載が開始され、3月20日に100日目をもって終了したというのをまとめて読んでみた。バイトをして生活する心優しい若者である主人公のワニが、片思いをしたり友人とラーメンを食べに行ったりする何気ない仄々とした日常が描かれつつも、彼の人生?の残りの日数がカウントダウンされていくというところが斬新であり、切ない。残りの日数が僅かであることを読者は知っているが、本人は知らない▼前回新型コロナウイルスについて書いたが、長くて判りづらいというご批判を頂いた。端的に言うと_罅垢100年に1度くらいの重大な新規感染症のパンデミックの中にいる⊇息にはかなり楽観的に見積もって1年、恐らく2年、もっとかかる可能性もあるこの間、持病のある高齢者を中心に恐らく数万から数十万の方が死亡するかもしれないということだ▼先週末宝塚の公演が再開されたり、K-1のイベントがそのまま行われたりしている。日本全体がやや緩む方向に傾いているのではないか。イタリアを中心としたヨーロッパもアメリカも大変なことになっており、日本が大丈夫という理由が全くない。イタリアでは1日800人弱の人が亡くなっていると聞く。人口は日本の凡そ半分であるから、わが国にそのまま持って来れば1500人超である。平時日本で1日に死亡する人の数は3000人ぐらいだから、1.5倍である。想像を絶する数字だ。一般の人が思っているほど日本の医療には予備能がない▼我々に今求められているのは行動変容である。一人一人に責任がある。海外の例では宗教団体、日本の例では大人数での飲食・フィットネスジム・ライブハウスなどでクラスターが発生したことが判っている。要するに空気の籠ったところで・一定の人数が集まり・声を出したり息を切らしたりすることが大規模な感染を生むということだろう。世界各地では医療関係者も随分犠牲になっている。こんな事態を100日前に世界の誰が予想しただろう。『ワニ』にならないように最大限の注意が必要だ。


          COVID-19

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            新型コロナウイルスの感染が各地から相次いで報告されています。WHO(世界保健機関)はパンデミックであることを認めました。医療関係者の感染も多数報告されており、開業医でも先月の北海道美瑛町の循環器内科クリニックの医師に次いで、つい最近群馬県大泉町のクリニックの医師の感染も報道されました。大泉の医師は重症で、集中治療室で治療を受けているとのことですが、発症から何日もの間、通常の診療を続けていたそうです。私もいつ何時皆様にお会いできなくなってしまうかも判りませんので、この際皆様に出来る限りのことを書いておこうと思いました▼今回の流行についての一般の方々の反応は、大変なことと考える人もたいしたことないと考える人もいて様々ですが、専門家の比較的共通した意見として100年ぶりに起きた重大な公衆衛生上の危機とされ、私もその通りではないかと思っています。今世紀に入ってからも人類はエボラ出血熱ウイルス・SARSウイルス・MERSウイルスなど恐ろしいウイルスの流行を経験しています。当時救命センターに勤務していた私は、このような患者が来たらどうしようとそれなりの恐怖感を覚えましたが、幸いにも日本に入ってくることはありませんでした。当時私なりに考えたことは、これらのウイルスは勿論勇気ある医療者が奮闘したというのもあるでしょうが、パンデミックになりづらいというものでした。何故ならば3つのウイルスで差はありますが、比較的潜伏期間が短く、発病率が高く、発症するとすぐ重症化して死亡率が高いからです。ではどういうものが本当に世界的な拡がりを持つのでしょうか。即ち潜伏期間が長く、不顕性感染つまり発病しない人が一定確率で存在し、発病してからも重症化するのに時間が掛かるというものです。そんなウイルスが出たら嫌だなと漠然と思っていましたが、どうでしょう、今回のウイルスにぴったり当てはまると思いませんか▼100年ぶりと書きました。今回のコロナウイルス騒ぎで比較対象としてクローズアップされている1918年から1920年にかけてのいわゆるスペインかぜが前回です。人類が初めてインフルエンザウイルスとまともに対峙したわけですが、この時の死者は日本で50-60万人(人口の約1%)、世界では5000万人とも1億人ともされます。今回これに匹敵するようなことになっても不思議ではないということです。科学技術も医療水準も100年前とは比べ物にならないぐらい高いのだから、それは少し変だろうと思う方もいることでしょう。しかし伝染性疾患の歴史は文明化とともにあるのです。100年前と比べて人の移動速度や接触密度は桁違いです。一方技術の方は今のところPCRであやふやな検査ができるというだけで、特効薬もワクチンもなく、対症療法あるのみです。重症化した時の人工呼吸器や更に重症化した際のECMOと呼ばれる人工心肺も数が圧倒的に不足すると考えられます。武漢では一時そんな状態であり、現在は北部イタリアで現にそういうことが起きていると報道されています。震災で火災が多発した場合に消防車がなかなか来られないというのと似ているかもしれません▼現時点で判明している特徴を列挙してみます。まず季節性インフルエンザより感染力が数倍強く、死亡率は数十倍高いということです。一方ダイヤモンド・プリンセス号からの報告では、検査陽性者の中に無症状あるいはごく軽症の人がかなりいました。しかしまた無症状あるいは軽症の状態から重症化するスピードが速いことも特徴の一つです。集団感染が発生する場所としては、人が長時間密集して換気の悪いところで、具体例としては屋形船・スポーツジム・麻雀荘・ライブハウスなどが挙げられます。これらのことからどういうことが言えるのでしょうか。これから迎える拡大期や蔓延期において、無症候性感染者・軽症症例が多数いる以上、症状によってこのウイルスを見分けるのは不可能と考えた方が良いでしょう。感染を防ぐには端的に言うと人との接触を極力避けるしかありません▼100年前のスペインかぜの際は若い人が多く亡くなりましたが、今回のウイルスは持病のある人や高齢者で死亡率が高いことが判っています。自分はまだ若いと侮ってはいけません。40歳代から死亡例が散見されるようになり、50歳を過ぎると格段に率が上昇します。一方極限状況で働いていた中国の医療スタッフでは20代や30代の方も亡くなりました。年齢や持病に係らず、からだのコンディションを整えておくのは大事だと思います。禁煙は大事です。酒も控えた方が良いでしょう。またスペインかぜの際には感染拡大に拍車をかけたのは学校と軍隊だということが判っています。これらを総合すると若い人が媒介して家に持ち帰り、高齢者に感染させ重症化することが繰り返されるということが予想されます。学校を早期に休校にしたのは英断だったと思っています。一方栃木県でも一部の市などは行政の長の判断で授業を継続しているところがあるのは、知性を欠いた所業だと言わざるを得ません。潜伏期間が2週間もあるケースもあり、感染者が発覚した際にはもう一定の拡がりを持っている可能性が高いのです▼今回残念に思っていることがあります。それは政府の初期の対応があまりに泥縄式だったことです。ダイヤモンド・プリンセスに乗り込んだ検疫官は防護服を着ていたわけでもなく、問診票と体温計を手渡ししてまた受け取っていたというのはあまりに適切さを欠いた対応でした。一度外したマスクをもう一度した係官もいたと聞きます。こういう事を想定して専門集団を事前に作っておくべきでした。他にももっと早く出入国を制限すべきだったとか色々あります。現在もPCRを行う数が少ないのは何故だか判りません。キャパシティが少ないのもあるのでしょうが、どうもフル稼働していないようです。PCRはあやふやな検査と書きました。専門的な言葉になりますが、検査には感度と特異度というものがあります。もしその人が本当に病気だった場合、検査で陽性に出る確率が感度で、一方病気でない人が本当に陰性に出る確率が特異度です。この検査の感度は恐らく7割を切るくらいで、つまり陰性に出たからといって本当に病気でないとは限らないということで、逆に病気でないのに陽性と判定されることも一定の確率であります。ですから個々の患者においては検査結果に係らず、慎重に行動すべきです。しかしだから検査をしても意味がないというわけではないのです。個々のクラスターに於いて感染の拡がりを最小限にとどめるためにも、或いは感染の拡がりを可視化して国民に自重を促す根拠とするためにも、できる検査はやってやってやりまくるべきです。現在栃木県で2例しか報告されていませんが、そんなことは絶対にある筈がなく、何らかの力が働いて検査を制限しているからに他なりません。思えば私が小学生のころ、インフルエンザという感染症があることは承知しており、冬に流行することも死亡することがあることも知っていました。しかし直ちには検査する方法がありませんでした。ある冬の朝、風邪気味で熱を測ったら37.3℃ということがありました。その時親にこう言われました。『HさんちのR君は偉いんだってねぇ、8度5分あるのに学校に行ったんだって』。今の子供が聞いたらびっくりすると思いますが、当時はこれが美談として語られたのでした(H家のR君は現在医学部で教授をしています。優秀だから話に尾鰭が付いたのかもしれず、真偽のほどは定かではありません)。そういう意味において検査して拡がりを示すということは大事で、当時もインフルエンザの検査キットが存在すればそんなことはなかった筈です▼ 皆さんは今回のことが終息するのにどれぐらいかかると思っておいででしょうか。私の予想ではやはり初期のインフルエンザの時と同じく2年はかかると思います。そこまでに国民の5から7割が感染すると考えています。その間に亡くなる方の数は万単位でしょうか十万単位でしょうか。どうせ罹るなら予防してもしょうがないのでしょうか。そうではありません。コロナウイルスはRNAウイルスで、DNAウイルスより変異するスピードが桁違いに速く、一般に強毒化したウイルスは負の淘汰を受ける筈です。ですから後になればなるほど弱毒化した形になると予想されます。そうなるとばかりも限らないので油断できませんが。現在イタリアを中心に感染が拡がっている株は強毒で感染力も強いタイプでしょうか。心配です▼とにかく我々にできることは行動を制限することと人との接触を避けることです。そんなことをしたら経済が回らないよという声があるのは承知していますし、子供たちの勉強も心配です。でもこの機会に新しい社会のシステムを作るのが賢明です。勉強はする気になれば家でもできます。詳細は省きますが、歴史的に見ればこうしたパンデミックでは必ず社会の変革がもたらされています。現代は再生不能エネルギーを消費し続けることによって自転車操業的に経済が回転している社会です。欲の皮の突っ張った人が乗る多くの自転車が互いに接近して走行している状態で、誰かがブレーキをかけたり転倒したりすれば、多重クラッシュが起きるという構造です。こういうシステム自体を変革するひとつのチャンスではないでしょうか▼医療業界・製薬業界も反省しなければなりません。実は皆さんは風邪症状で医療機関を受診して、保険診療で投薬を受けるということが可能な世界でもかなり稀な国に住んでいます。私は医師になって以来、風邪に効く薬はありませんと言って多くの患者さんの反感を買ってきました。打ち明けますが勤務医時代に、風邪をひいたが仕事を休めないので薬をくれと言って来院した患者をアホ呼ばわりして、投書されて呼び出しを受けたこともあります。しかし熱も痰も咳も鼻水も風邪のウイルスと戦うために人間側が出しているものなので、それを薬で抑えれば基本的には感染は長引きます。それを早く飲めば早く治るが如く偽って商売をしてきた人たちがいるのです。タミフルに代表されるインフルエンザの薬だってそれを使えば半日から1日早く治るという程度のデータしかありません。しかし開業するとこういう事を説明するのも大変だし、正直希望されるがまま出してしまった方が収入になるので特に時間に追われている時はそのまま処方してしまっていました。患者さんに正しいことをお伝えする機会を疎かにしているのを懺悔しなければなりません。ではこのコロナウイルスの時代にあってはどうでしょうか。多くの医師が自分に伝染ったら大変だから来ないでほしいと思っているのが正直なところではないでしょうか。ではどうしたらよいでしょう。数日長引く風邪症候群で、自宅での安静が困難になったり息苦しさを自覚したりすれば、コロナウイルスの検査ができる医療機関を受診するべきと考えます。それまでは外出や仕事を避けて安静を保つのが一番であり、そうするのが社会的な一種の義務だと思います。体調が悪いのに仕事をするというのが社会の迷惑だということをはっきりさせなければなりません。


            壮大な物語

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              患者をどうやって搬送するかを検討するための会議が開かれた。病院からは医師・看護師・事務系の職員、それに市からは消防担当者、県の防災担当者。かなり大勢。患者の生命を維持するための機器が多すぎ、また大きすぎ、通常の救急車で運ぶのは難しかった。旧い大きな救急車もあるらしかったが、電源の問題でダメだった。県の防災ヘリは小さすぎて救急車より更に厳しかった。自分で調べて東京消防庁のヘリだと載りそうなことが判ったので、提案してみた。 ‘前例はあるの?’ と県の誰かが訊いた。 ‘ありません。’  別の誰かが答えた。‘あっ、ない?じゃあダメだ。’ くそっ、前例なんか最初に誰かが作らなきゃある訳ないじゃないかと思ったが黙っていた。陸上自衛隊のヘリコプターであれば、県知事が災害派遣要請をするという形で呼べるとのことだった▼自衛隊のヘリコプターでこういうのを運ぶのに適しているのは、素人の私でも想像がつく。水平のローターが前後で2つ回っている(タンデムローターというらしい)あれだ。ところが今度は大きすぎて病院のヘリポートに降りられないとのことだった。学校の校庭とかでは遠すぎるし・・・。結局職員駐車場に着陸させるという私の提案が採用されることになった▼今度は自衛官と折衝。とんでもないことだった。凄い風圧だからちょっとやそっとのスペースではだめらしい。その駐車場を使用している全員に公共交通機関での出勤を命じて、大勢で小さな石を拾って。それでも実際道を挟んだ隣の駐車場の車が石で何台か傷ついたし、リアスポイラーが飛んだ車もあったそうだ。他にも知らなくて驚いたのは雨だと飛べないとか、上空で患者が亡くなれば国土交通省の航空事故調査委員会の管轄になるとか▼集中治療室から出てヘリに積み込むのも大変だったし、エンジンが始動してから飛ぶまでも相当長く感じた。東京の着陸地は世田谷区三宿の自衛隊中央病院。まだ建って日の浅かったこの病院の屋上のヘリポートは大きくて、このサイズのヘリコプターも着陸できるのだった。そこから東大病院までは東京消防庁の大型救急車。着いたら医師とその他のスタッフが大勢で迎えてくれて引き継ぎ。こっちは基本的に自分と部下の2人の医者で診ていたものだから、彼我の体制の差異を痛感した。事前のやり取りも充分だったので、申し送ることもあまり無くて、呆気なく病院を出た。患者も家族もこれから大変だろうが、こちらとしては後はお願いして祈るしかない。自分の体に何か大きな穴がぽっかり開いたような感じがした▼手伝ってくれた皆と軽く食事をして、上野駅まで歩いた。不忍池の畔で桜が満開だった。このひと月半というものスピーチを頼まれていた知人の結婚式に唯一度出席した以外は、殆ど病院で過ごしていた。引き続き生死の境を彷徨うであろう患者を思うと、桜の樹の周りで楽しそうにしている人々とのコントラストが眩しかった。(続く)

               


              壮大な物語

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                以前から楽しみにしていた講演会を医師会館に聴きに行った。演者は東京都健康長寿医療センターの許俊鋭先生。「心臓の老化と心不全について〜高齢者心不全治療への展望〜」という題だった。許先生は永く日本の人工心臓や心臓移植の分野を牽引してこられた方で、しかしお話は心臓にとどまらず遺伝子や人口動態(2007年生まれの日本人の50%は107歳まで生きる?!という推計)など多岐に渡り、全く飽きない内容だった。そして話は人工心臓に。もうすぐ日本にも補助人工心臓のdestination therapyの時代がやって来ると言うのである。これには少し解説が必要であろう▼海外では全置換型と言って、本人の心臓を取り除いて完全に置き換える人工心臓があるが、日本にはまだない。補助人工心臓はあくまで非常に弱った心臓をアシストする機器である。これとて日本ではbridge to transplantationつまり移植までの橋渡しとしての使用しか許されておらず、移植待機患者としてエントリーできない高齢者は対象にならない。これに対してdestination therapyとは ‘最終目的地としての治療’ とでも言えば判りやすいだろうか。もう離脱することを期待しないで一生補助人工心臓と共に生きていくということである。欧米ではこのdestination therapyが既に普通のことになっていて、80歳を過ぎててもやるそうである。そして日本でももう治験の取り纏めの段階まで来ている。先生曰く日本の透析患者は33万人居るのに対して腎移植は年間1600人ほど。そしてこの末期腎不全と対比させて、同じようなことが末期心不全でも行われていくようになると言うのである▼ちょっと待って欲しい。年間20万人が心不全で亡くなるこの国で、片っ端から補助人工心臓を入れる騒ぎになったら医療費はどうなるのか。最後に質問に立ってその点を訊いた。ご自分がアメリカに留学したころ、電話は1分間で何千円もした。今やLINEでどんな子供でも世界のどことでも無料で通話ができる。自動車だって昔は個人で所有するのは限られていたが、今では栃木県の皆さんは一家で3台というのも珍しくないだろう。透析も当初は非常に高価な治療だった。そのように技術が進歩し更に普及することで必ずコストは下がるものであるというのが答えだった▼話は突然9年半前に遡る。当時済生会宇都宮病院にいた私は2月の終わりに劇症型心筋炎の23歳の男性患者を受け持った。ウイルスが原因と考えられ、風邪や胃腸炎のような症状で始まって、運悪く心臓に炎症が及ぶと突如として心臓のポンプ機能が悪化したり不整脈が起きたりしてしばしば死に至る比較的稀な疾患である。私が見た時は既に重篤な心不全を来しており、その日の内にPCPS(経皮的心肺補助装置;短時間で比較的簡便に入れられる人工心肺)を装着せざるを得なかった。こうなると勝負は通常数日から1週間である。その間に心臓が回復してPCPSから離脱するか、PCPSを着けていることの負担が募って死亡するかのどちらかだ。ところがこの時はそのどちらでもなかった。PCPSの回路の寿命が来る度に交換し、様々な合併症と戦いながら、しかし心臓は動かなかった。動いているけど動いてなかった。辛うじて心電図は出ているが、超音波で見ると微かに揺れているという程度だった。私は殆ど病院に ‘住んでいる’ ような状態で、家にはただ着替えに帰るだけの生活が続いた▼40日ほど経ったある日、合併症の嵐が少し和らいだような感じがした。もう4月だった。心臓は相変わらず動いてなかった。補助人工心臓を着けて移植待機に持ち込むしかないと考えたが、当時県内には実施施設がなかった。東京大学に連絡した。四六時中そういう相談が持ち込まれるらしく、ベッドに限りがあるのかあまり色よい感じではなかった。何度かやり取りをしたように思う。突然今から患者を見に行くという連絡が入った。来たのは当時東大病院にいた許先生だった。あの許先生が来たというので周りの医者が騒いでいた。許先生は診察して自分でエコーをあてて、引き受けてくれることになった。車で来たというので駐車場まで見送りに出た。一人で運転して来たらしい。車がHONDA Fitだったことに優れた外科医の合理性を見たような気がして妙に感動した。与えられた期日は4月6日の1日だけだった。その日に搬送できなければ、そのベッドは別の患者のものになるらしかった。(続く)


                ブラックペアン

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                  医師になってからというもの、医療モノのドラマはほとんど見ない。理由は2つある。1つは仕事が終わった感じがしなくて気持ちが休まらないということで、これはノンフィクションでもそうだ。もう1つは、こっちの方が大きいが、殆どのドラマがリアリティーを欠いていることにある。奉行が主役の時代劇があったが、実際に奉行がコソ泥を裁くということはなかったそうであるし、刑事ものでもそうそう街中で拳銃をぶっ放すということは現実には無いわけであり、それがテレビドラマだと言ってしまえばそれまでのことだが▼さてこのところ娘がニノくんかっこいーと騒いでいて、なんだと思ったら ‘ブラックペアン’ という外科医が主人公のドラマをやっているとのことであった。誘われたのでラス前と最終回の2週に亘って家族と一緒に視聴した。案の定、突っ込みどころは30秒に1回ぐらいの頻度で出てくるが、言ったら嫌われるので言いっこナシである。ニヤニヤ笑ってみているしかない。そもそも病院というところはこんなに美男美女ばっかりいるわけもないし、手術するときはもっと血だらけになるものである。そういえば時代劇でも切られても血が出ない描写が多いが▼カエサルという名前で手術支援ロボットが登場したが、実際にda Vinciという1台2億5千万円ぐらいする器械があって、日本全国にももう既に300台弱ぐらいあるそうである。ドラマでは緊急手術をロボットを用いてやっていたが、予定手術を低侵襲つまり最小の傷口でというのが通常の使用方法だ。そもそもの開発のきっかけは戦場の負傷者を遠隔で手術するためにアメリカ軍が依頼したというものらしいから、一方的に荒唐無稽だと言うわけにもいかないが▼この春の診療報酬改定から心臓の手術についてもda Vinciによる手術が保険適応になった。尤も可能な施設は限られていて、今回のドラマの監修としてクレジットされていたニューハート・ワタナベ国際病院の渡邊剛医師が第一人者だ。何人か紹介して手術してもらったことがある(da Vinciでも)。病院のネーミングセンスが不思議な感じだが(ご自分の役職も ‘総長’ となっている)、皆さん術後経過は良い▼原作を書いたのは医師とのことである。勿論読んでないが、それにしてもこのペアンである。この使用方法が一番不思議だし現実離れしていると思ったのは私だけではないだろう。仮にありえたとしても、緊急事態の応急手当としてそういう処置をしたのなら、正直にその事実を患者とその家族に対して詳らかにするとともに、再手術の方法とスケジュールを提案すべきである。最後の最後まで突っ込みどころ満載であったが、教授が若い医師に向かって言った「そのままでいい、普通でいい。医者は患者のことだけ考えろ。救え、ただ人を救え。」というセリフだけは響いた。


                  藤井七段

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                    小学校に上がった頃のことだっただろうか、父から将棋の手解きを受けた。父とやったり母方の祖父とやったり、或いは学校で級友となど、暫くは熱心にやったと思う。しかし壁に突き当たって、強くなるには本で定跡を勉強しなければだめだといわれて、本を買ってもらったが、面倒くさくなって止めてしまった。そう言うと医師としての姿勢を疑われかねないが、何かを本で読んでやり方を勉強するというのは昔も今もあまり好きではない。いい加減な人間である▼その後大人になってからも日曜の午前のテレビ対局とか新聞の将棋欄なんかを見るのは好きだった。もちろんプロがやっているレベルの将棋が解るわけも訳もないので、自分でも不思議なことだった。自分で将棋を指すわけでもないくせにそういうのを見ているというのもなんだか気恥ずかしくて、誰かが来たらチャンネルを変えてしまったりしていた▼空前の将棋ブームである。そして私みたいに自分で将棋を指さないが観るのは好きな人のことを指す「観る将(みるしょう)」という言葉があるそうだ。考えてみればプロ野球やJリーグを観る人が全て野球やサッカーをするわけではないし、オーケストラの音楽を聴く人が必ず何か楽器の経験があるわけでもなかろう。フィギュアスケートなんてやったことある人はかなり少ないだろうし、6種類あるジャンプを見て区別できる人もそんなに多くないだろう。もちろん解説を聞かなければどんなにすごい手が指されたのか解らないので必須である▼昨日将棋の藤井聡太棋士が史上最年少で七段になった。15歳である。将棋のルールすら知らない人までが ‘すごいねー、すごいっ!’ と言っている。確かに段位というのは素人目に分かりやすいのだろう。昇段規定は時代とともに変わっているので単純な比較はできないと思うのだが▼終局と同時に大勢の記者が ‘どどどーっ’ と入ってきて質問を浴びせる。‘今年の初めはまだ四段だったわけですが、こんなに早く七段になった感想は?’  ‘七段になった喜びをまず最初に誰に伝えたいですか?’  ‘これで師匠の杉本七段と並びましたがお気持ちは?’ 。あり得ない仮定だが高校1年生の頃の私がこの状況にあったら、答えは決まっている。‘別に・・・・・’ ▼本屋に行くと「藤井本」が山積みになっていて、一体どういう教育をするとああいう子供が育つのかといった内容のものが多いように思う。インタビューに出てくる言葉も凄い。「望外」「僥倖」「茫洋」などなど。そんな子供が居たら息が詰まるだろうし、家でリラックスできないと思うのは私だけだろうか。


                    人生は二度ある

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                      急性心不全や急性心筋梗塞など重大な疾患で入院して一命を取り留めて、今外来通院をして下さっている患者さんから、お蔭で第二の人生を楽しく歩めている旨お言葉を頂くことが時々ある。嬉しい限りであるが、しかし助けられなかった人も大勢いるし、助かっても重い後遺障害の残るケースや職を失うケースも多くあり、手放しで喜んでばかりもいられない。心疾患などで見た目は五体満足なのに巡り合わせで退職を余儀なくされることもあり、経済的にも困窮したりして明るい話ばかりではない。しかしどうか前向きに生きて頂きたいものである▼井上陽水のかなり昔の歌に ‘人生が二度あれば’ と言うのがあった。年老いた両親を見て、苦労ばかりして余り良いことが無かった人生でかわいそうだ(と息子が勝手に思っている)と言うことを歌った暗い調子の歌だ。基本的に人生取り返しのつかないことだらけである。‘もうちょっと勉強しておけばよかった’ などと言うのはよく聞く話だが、しかし今からでも遅くないと言うのも常に言えることであろう。自分の事で言えば英語と歴史(日本史・世界史)だ。私の世代で学校で習った英語は実用的では全くなかった。振り返ってみても英語を話せない人に英語を習っていた疑いが強い。病院勤務時代、外国人の患者が来たりしたら帰国子女の研修医なんかを呼び出して通訳してもらっていた。特にイギリス人とアメリカ人の英語は早くてよく判らない(泣)▼歴史も教科書で無理やり暗記させられた感がある。子供の勉強を見てやったりしてると、改めてこういうことだったのかと思うことがある。江戸時代に伊能忠敬(1745-1818, 享年74歳)という人がいた。年譜を見て、‘えっ?’と思った。歴史上最初のまともな日本地図を描いたこの人物は、50歳で隠居してから暦や天文学を習い、最初に測量を始めたのは56歳だというのだ。地図の完成は死後3年を経てからだとしても、当時の平均寿命を考えれば随分と年を取ってから思い切ったことをやり始めたものだ▼国語の問題文ではファーブルのことが出ていた。この『昆虫記』で有名なフランス人がその第1巻を執筆・刊行したのは、なんと55歳ごろのことだそうである。実は52歳でクリニックを開業したのは遅すぎたかなと思っていたのだが、なんだか少し自信が湧いてきた▼今日再診で来院された患者さんからお手紙を頂いた。ご自分の病気のことが長く綴られていて、要するにこのクリニックに掛かって前向きに生きられるようになって良かったということが書かれていた。そして最後に ‘永遠に生きるかのように夢を持ち、今日で終わるかのように精一杯生きること’ とあった。そこまで精一杯になりすぎてもなんだか怖いが、夢を持って前向きに生きることは良いことだと思った。



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