院長ブログ

四つ葉のクローバー
宇都宮市竹林、よつばハートクリニック院長のブログ

固定観念

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    平昌オリンピックが閉幕した。4年に一度の祭典はやはり色々な驚きに満ちている。残念な結果に終わった葛西選手だったが、団体戦が終わった直後のインタビューで、4年後の北京への課題を口にしていた。オイ、マダデルツモリカ。もう終わったと思ていたスピードスケートにもう1試合あって、どちらかと言うと妹より注目度の低かったお姉ちゃんのほうが2個目の金を取ったのにも驚いた。マススタートッテナンダ?▼しかし一番驚いたのはチェコのエステル・レデツカ。この22歳の女性はオリンピック史上初のスノーボードとスキーの両方にエントリーした選手であった。どちらかと言うと得意なのはスノーボードで、スキーではW杯の表彰台に立ったことはなかった。しかし平昌ではまず行われたアルペン・スーパー大回転で26番スタートからまさかの金メダル。雪面が荒れる関係でシード選手から滑っていくアルペンでは、遅いスタートの選手が勝つことは殆ど起こり得ない。勝ったつもりで待っていたオーストリアの選手は0.01秒差で2位に落ちて呆然としていたが、トップに立った本人が一番びっくりしていた。‘No. Must be some mistakes.’ そしてこっちは本命だったスノーボードのパラレル大回転でも金▼この選手14歳の時にコーチにどちらか一つに絞るように言われて、それならコーチを換えるまでだと答えたそうである。我らが二刀流、大谷翔平選手もプロ入り当初から老害プロ野球OB達から両方は無理だと散々言われてきた。この期に及んでまだ言っている奴もいる。ダレガデキナイッテキメタンダ?関係ないが小1だった長女が漢字で書けるはずの言葉をひらがなで書いていたから問い質したら、習ってない漢字は書くなと先生に言われたというのを今急に思い出して腹が立ってきた。いつの世も下らない大人は居るものである▼医療の世界でも画期的な治療法というのは非常識とされる中から生まれてくる。1929年自らの血管を使ってカテーテルを心臓まで進めたドイツのフォルスマンと言う医師(泌尿器科の医師である。使用したのは尿道用のカテーテル)はその廉で狂人扱いを受け病院を解雇された。その後1956年のある日、突然ノーベル賞受賞の知らせが届くまでを失意の中、田舎で開業医として生活した。今やカテーテルによる画像診断やそれを介しての血管内治療は多くの人の命を救っている▼最近当クリニックの2人の高齢重症大動脈弁狭窄症の患者が、立て続けに東京の病院でTAVI「タビ」経カテーテル大動脈弁留置術を受けて来た。狭くなった大動脈弁にカテーテルを介してステントに埋め込まれた人工弁を植え込む手技である。狭くなった僧帽弁をバルーンによって拡げる方法(イノウエバルーン)は以前からあった。若かりし頃、何故大動脈弁では出来ないのか先輩医師に訊いたことがある。大動脈弁でバルーンを膨らますと左心室の圧が高まりすぎて破裂する・縦しんば拡がったところでまたすぐ狭窄するというのが答えだった。日本人はダメだということを教えるのには長けている。だから2002年にフランスで最初に行われたTAVIのレポートを最初に見た時、非常に驚いた。速い速度でペーシングして止まっている心臓に対して行ったのと似た状態にして行うということと、折りたたんだ人工弁を植え込むということでこの2つの問題を解決していた▼この方法の日本での保険償還は2013年とかなり遅かったが、それから4年余りにして既に完成された技術だ。実際に2人とその家族の感想は何れも思ったより時間が短く簡単だったとのことだった。これまで開心術に適さない多くの高齢大動脈弁狭窄症患者を失って来たので隔世の感がある。若者は、医学の進歩は、可能性に満ち溢れている。今更そういうものを目指す歳でもないが、足を引っ張る存在にだけはなりたくないものである。

     


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